まとまったお休みを取れることになり、「どこに行こうか・・・」と。
京都・北海道・長崎・金沢・和歌山など候補にあがり、やはりずっと行きたかった広島に行ってみようということで、2泊3日の広島旅行に出かけてきました。
1日目 厳島神社
初日は、「厳島神社」。
鳥居の修復中とのことで、直接鳥居を目にすることは出来なかったけれど、珍しい姿を見ることができました。
2日目 呉
「この世界の片隅で」をご存じですか?
第2次世界大戦の頃の呉を描いたマンガで、アニメ映画やテレビドラマになりました。
造船の町“呉”の戦時中のこれでもかという空襲の様子を「大和ミュージアム」で知ることができました。
そして、「てつのくじら館」では、実際使われていた潜水艦の中を見学してきました。
2日目 平和記念資料館 原爆ドーム
今回の旅行の最大の目的地。
今年リニューアルした「平和記念資料館」と、「原爆ドーム」へ。
戦争の記憶が薄れ始め、「本当の戦争の悲惨さ」を語れる人がいなくなる前に、日本が経験した「戦争」を出来るだけリアルに伝えようと、当時の写真、遺品が展示されるようになりました。
終戦の年、父は10才でした。
B29も見た。空襲警報も聞いた。空襲を受けた前橋の焼けている黒い煙を遠くから見ていた。と言っていました。
私が幼少の頃住んでいた家には、防空壕を埋めた跡もありました。
そして、腕や脚のないおじさんが近所に住んでいて、後になって、戦争で生き残った方たちだったと知りました。
この仕事につき、戦争を題材とした文章が出てきた時に、「二重被爆」の話をしたら、ある生徒が「うちのおじいちゃんそうだよ」と。
世界で2発しか落とされていない原爆を二回とも経験した方のことを、まさか横浜で知るとは、しかも生徒のおじいちゃんがその一人だったとは。
最近になって、父が初めて、「おじさんは、特攻の訓練に行ったんだ。」と話しました。
終戦がもう少し遅れたら、特攻で戦地に行っていたとのことでした。
家族も聞いたことのない話に驚きましたが、今まで話したくない気持ちもあったのでしょう。
平和に慣れてしまった私たちには刺激の強い展示だと思います。
戦争体験者はいずれ誰もいなくなってしまいます。
戦争の記憶が継承できなくなり、過去の話となってしまわないよう、遺族の方々が資料館に預けてくださった遺品の数々を、当時の様子を残す写真を、原爆の被害を被った日本人として、どんなに悲惨なものだとしても、機会があれば、見るべきだと思いました。
平和な時代に生まれて、育って、本当に幸せだと心の奥底から感じました。
小5選抜算数特訓
小学5年生を対象にした「選抜算数特訓」が始まりました。
思考力を鍛えるような問題に、なかなか解けない問題に必死に取り組んでいました。
解答を聞くと、「あ~」と納得。気づきの喜びを感じていたのではないでしょうか。
「難しかった~」と言い残して帰っていった生徒もいましたが、難しい問題を解いた後の充実感を感じました。